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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2230号 判決

理由

一、請求原因(一)および(三)の事実は当事者間に争いがない。

被控訴人は、控訴人が本件手形に裏書をしたと主張するが、これを認めるのに足りる証拠はなく、かえつて当審証人松隈孝雄の証言によると、控訴人の長男たる訴外孝雄が後記のとおり他の委任事務処理のために預つていた印鑑を控訴人に無断で使用し、控訴人を代理して本件手形に被控訴人主張のとおり控訴人名義による裏書をしたことが認められる。

二、そこで表見代理の主張について検討する。控訴人が訴外孝雄に対し武蔵野市吉祥寺所在の自宅についての担保権設定登記手続の代理権を授与していたことは当事者間に争いがなく、本件手形には前記のとおりの裏書があり、しかもその裏書に用いられた印鑑は訴外孝雄が控訴人から右委任事務処理のために預つていたものであること、被控訴人が本件手形とともに入手した控訴人名義の保証書、同白紙委任状(甲第二号証の一、二)および控訴人の印鑑証明書(甲第三号証)も訴外孝雄によつて右預り保管中の控訴人の印鑑を使用して作成されたものであること、訴外孝雄による右印鑑の使用および代理行為が無断無権限のものであることを被控訴人も訴外北原も知らなかつたことは、いずれも当審証人松隈孝雄の証言するところであり、同証言によれば、訴外孝雄のした本件手形の裏書行為は、控訴人より授与された代理権の範囲をこえてなされたものというべきであるが、しかし被控訴人としては、本件手形を控訴人の代理人名義による訴外孝雄から直接裏書によつて取得したにせよ、または同訴外人から裏書取得した訴外北原からの交付によつて取得したにせよ、前示のとおり右裏書を訴外孝雄がほしいままにしたものであることを知らず、しかも同訴外人が控訴人を代理してその名義で手形裏書をなしうる権限を有すると信ずるにつき正当の理由があるといわねばならず、そのように信じたことにつき過失があることを肯認しうる証明はない。

そうすると、控訴人は民法一一〇条により本件手形について裏書人としての責に任じなければならない。

三、次に控訴人の主張する人的抗弁について判断するのに、当審証人北原弘章、松隈孝雄の各証言によると、訴外孝雄およびその友人訴外北原の両名で他から本件手形の割引を受けて適宜両者で割引金を使用しようと話し合い、訴外孝雄において前記のとおり無断で控訴人名義で裏書をしたうえ、本件手形の割引を被控訴人に依頼したところ、同人がこれを承諾したので、同手形を被控訴人に届け、その預証を入手したこと、ところがその後被控訴人が一向に割引金を交付しないため訴外孝雄らにおいて右手形の返還を求めたが、被控訴人においてこれに応じないまま今日にいたつたことが認められる。

被控訴人は、本件手形の交付を受けたのは、同人に対する千葉市所在不動産の取引に伴う訴外北原の損害賠償債務に充てるためであると主張し、当審証人沢田武彦の証言中には、右を思わせるかのような供述部分もあるが、右は伝聞であり、しかも訴外北原の賠償義務発生の関係その他不明の事柄が多いのみならず、前掲証人北原弘章の右の点に関する証言部分によれば、訴外北原には被控訴人主張の損害賠償義務を負うべき関係などのないことが明らかであるので、被控訴人の右主張は採用の限りでない。

以上の事実によると、被控訴人は本件手形を所持し控訴人に対して同手形金を請求しうる正当な権利を有しないものであつて、控訴人の前記抗弁を理由があり、被控訴人の本訴請求は失当たるを免れない。

四、よつて、被訴人の本訴請求を認容した原判決は結果において失当に帰し、本件控訴は理由あるので民訴法三八六条に則り、原判決を取り消したうえ、被控訴人の本訴請求を棄却

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